守破離の「守」を抜かして「破」を行う人が多すぎる。
じょぜでっす。
最近、コンサル生を4人持っています。
教える立場になって、また、自分も振り返るとやはり「守破離」って重要な考え方なんだなって思います。
しゅ‐は‐り【守破離】
剣道や茶道などで、修業における段階を示したもの。「守」は、師や流派の教え、型、技を忠実に守り、確実に身につける段階。「破」は、他の師や流派の教えについても考え、良いものを取り入れ、心技を発展させる段階。「離」は、一つの流派から離れ、独自の新しいものを生み出し確立させる段階。
とこんな感じですね。
日本らしい考え方で僕は好きだし、本当に人から学ぶときは大切だなって思います。
そして、僕は最近すごくいろんな人に学ぶのですが、一番大切にしているのは「守」ですよ。
だって、、、
学ぶのに、いきなり自分を出したってしょうがないじゃないですか。
はじめから「破」に取り掛かる人々。
何があっても基礎があってこそ。
だからこそ、まずは「守」を大切に動くべきなんですね。
「守」をして、それでうまくいかないなら、「なぜ?」を教えてくれた人に突き付ければいいんです。
しかしまぁ、仕事でもコンサルでも、
はじめっから「破」をやりたがる人多すぎない??
気持ちは分かる。
自分が正しいと思うことをやっていたいんですよね。
でもそれってただ楽をしようとしていることに他ならないんですよ。
考える手間と聞く手間を省いちゃいかんでしょ。
「破」って自分が正しいと思うことをやるのですごく楽なんですよね。
例えば、ラーメンの作り方を習っていて、レシピ通り作るのが「守」。
自分がおいしくなると思うようにレシピを組み立てるのが「破」。
実は「守」って簡単に思えるけど大変なんです。
だって、上記のラーメンのレシピに関してみても、なぜその材料を使うの?なぜその煮込み時間なの?かき混ぜる頻度は?火加減は?麺の太さは?etc疑問を持ったらきりがない。
これを全部理解してこその「守」。
理解するまでにすごく頭も使うし、時間も使う。
だからこそ、みんな「守」をすっ飛ばしたがるんだよね。
自分流にはじめっからやったほうが考える手間、聞く手間が省けるからすっごい楽。
でも、こういう人は大成しない。
習っているのにその基本を知ろうとしないとか愚の骨頂でしょ。
そもそも、はじめから「破」でうまくいく人は誰かに習おうなんかも思わない。
だから、せめて習う身であるなら「守」をきちんとやっていきましょう。
僕もそうやって考えてきている。
段々うまくいっている。
結果はもうすこしかかりそうだけど、自分なりの目標も達成できると思う。
達成できるならまたタイトルも見直そうかなと思います。